2012年07月30日

片山東熊さんについてと阪本工営

こんにちは。「阪本工営の建築士合格日記」です。
今日も建築家について、阪本工営スタッフが紹介させていただきますのでよろしくお願いします。
今回は片山東熊さんについて。片山東熊さんは明治期に活躍した建築家ですね。山口県生まれで、工部大学校の建築学科第1期生だったそうです。工手学校(現工学院大学)造家学科教務主理もしていたとのこと。
宮内省で赤坂離宮など宮廷建築に多く関わったみたいですね。職務として県庁や博物館、宮内省の諸施設など36件の設計に関わったほか、公務の合間に貴族の私邸を中心に14件の設計を行ったんだとか。また、日本人建築家の養成を行うべく来日した、ジョサイア・コンドルの最初の弟子とのことです。
代表作である旧東宮御所(現・迎賓館)は、2009年に明治以降の建築としては初めて国宝に指定されたのだとか。
現存する片山の作品の多くが重要文化財に指定されているほか、旧東宮御所(現・迎賓館)は明治時代の洋風建築の到達点と評され、明治以降の建築としては初の国宝に指定されているみたいですね。
主な作品は以下の通り。

・新宿御苑御休所(1888年(明治21年)/東京都新宿区/重要文化財)
・日本赤十字病院(1890年(明治23年)/愛知県犬山市/明治村に移築)
・神宮農業館(1891年(明治38年)/三重県伊勢市)
・奈良国立博物館(1894年(明治27年)/奈良市/重要文化財)
・京都国立博物館(1895年(明治28年)/京都市/重要文化財)
・仁風閣(1907年(明治40年)/鳥取市/重要文化財)
・東京国立博物館 表慶館(1908年(明治41年)/東京都台東区/重要文化財)
・旧東宮御所 (赤坂離宮、現・迎賓館)(1909年(明治42年)/東京都港区/国宝)
・旧竹田宮邸 (現・グランドプリンスホテル高輪貴賓館)(1911年(明治44年)/東京都港区)
・神宮徴古館(1911年(明治44年)/三重県伊勢市)
・旧御所水道ポンプ室(現・九条山浄水場ポンプ室)(1912年(明治45年)/京都市山科区)

どれも素晴らしい作品ですよね。
では今日はこのへんで。阪本工営スタッフでした。

posted by 阪本工営 at 12:59| Comment(1) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2012年07月25日

阪本工営と、曽禰達蔵さんについて

阪本工営の建築士合格日記」です。こんにちは。
今日も建築士について阪本工営スタッフがお話させていただきます。
今回は曽禰達蔵さんについて。
曽禰達蔵さんは、日本の建築家ですね。同郷の辰野金吾とともにジョサイア・コンドルに学んだ日本人建築家の第1期生だそうです。丸の内の三菱オフィス街の基礎を築き、のち後輩の中條精一郎(1868年 - 1936年)とともに設計事務所を開設。曽禰中條建築事務所は都市を飾る数多くのオフィスビルを送り出しました。
以下、代表作品です。

三菱三号館〜七号館(1896年-、現存しない)
旧三菱銀行神戸支店(1900年、神戸市)
占勝閣(1904年、長崎市)
旧東京倉庫神戸支店兵庫出張所(1906年、神戸市)
慶應義塾大学図書館(1912年、東京都)重要文化財 
東京海上ビルディング旧館(1918年、東京都。現存しない)
旧日本郵船神戸支店ビル(1918年、神戸市)
日石ビルディング(旧・有楽館、1922年、東京都。現存しない)
郵船ビルヂング(1923年、東京都。現存しない)
明治屋ビル(1924年、大阪市)
旧鹿児島県庁庁舎(1925年、鹿児島市)
小笠原伯爵邸(1927年)
旧三井銀行小樽支店(1927年、小樽市)
慶應義塾大学病院予防医学教室(1929年、東京都)
東京海上ビルディング新館(1930年、東京都、現存しない)
明治屋ビルディング(1933年、東京都)
講談社ビル(1933年、東京都)
慶應義塾大学日吉キャンパス(1934年、横浜市)
岩崎家熱海別邸(1935年、熱海市)
三井住友銀行大阪中央支店(1936年、大阪市)
慶應義塾幼稚舎(1936年、東京都、共同設計:谷口吉郎)
旧田中光顕別邸(現・小田原文学館本館、1937年)

旧鹿児島県庁舎や慶應義塾大学図書館、いいですよね。
曽禰さんの建築物はどれも好きです。
ではでは。阪本工営スタッフでした。また次回も、よろしくお願いします。

posted by 阪本工営 at 12:22| Comment(1) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2012年07月23日

建築家、木子清敬さんについてと阪本工営

こんにちは。「阪本工営の建築士合格日記」です。
今回は、木子清敬さんについてお話させていただきます。
木子清敬さんは、皇室関係の造営工事で活躍した建築家ですね。工科大学講師として、大学において初めて日本建築史の講義を行ったことでも知られています。
1845年(弘化元年)山城国上京区中立売通宝町(現在の京都市上京区)に生まれました。木子家は、先祖代々、宮中の修理職棟梁の家柄で、明治維新前から宮中に奉仕し、東京遷都後に宮内省に入ったのだそう。1881年(明治14年)に皇居造営掛、1887年(明治20年)に宮内省一等匠手、1890年(明治23年)に内匠寮技師、土木課長となったみたいですね。また、1889年(明治22年)から1901年(明治34年)まで工科大学造家学科において日本で初めて大学における日本建築史の授業を受けもったんだとか。また、顧問として、日光東照宮や東大寺大仏殿の修復工事にも携わったそうです。1904年(明治37年)に脳溢血に倒れ、1906年(明治39年)に依願免官となりました。1907年(明治40年)2月には勲四等に叙せられ、旭日小綬章を受けます。同年6月に逝去。享年64で、正五位に叙せられたとのこと。子息に、建築家の木子幸三郎、木子七郎がいらっしゃいますね。

posted by 阪本工営 at 12:36| Comment(1) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

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