2012年05月30日

フランク・ロイド・ライトと阪本工営

阪本工営の建築士合格日記」です。こんにちは。
今回、「阪本工営の建築士合格日記」では、アメリカの建築家フランク・ロイド・ライト(Frank Lloyd Wright、1867年6月8日 - 1959年4月9日)についてお話させていただきますね。
彼の作品はアメリカ大陸で多くの建築作品があり、日本にもいくつか作品を残しています。ル・コルビュジエ、ミース・ファン・デル・ローエと共に「近代建築の三大巨匠」と呼ばれているみたいですね(ヴァルター・グロピウスを加え四大巨匠とみなす事もある)。

・代表作
1889年 ライト自邸と事務所 (イリノイ州オークパーク)
1894年 ウィンズロー邸
1903年 ラーキン・ビル
1904年 ユニティ教会
1906年 ロビー邸
1913年 ミッドウェー・ガーデン
1914年 タリアセンU
1917年 バーンズドール邸
1925年 タリアセンV
1926年 ビルトモア・ホテル
1936年 ジェイコブス邸
1936年 カウフマン邸/落水荘
1937年 ジョンソン邸
1937年 タリアセン・ウエスト
1939年 ジョンソンワックス社事務所棟
1944年 ジョンソンワックス研究所棟
1948年 モリス商会
1951年 ユニテリアン教会
1953年 プライスタワー
1956年 ギリシア正教教会
1956年 ベス・ショーロム・シナゴーグ(ペンシルベニア州エルキンズ・パーク)
1959年 グッゲンハイム美術館
1963年 マリン郡役所
1964年 アリゾナ州立大学記念劇場

・日本国内に現存する作品
帝国ホテル  (1967年取り壊し、正面玄関部分のみが博物館明治村に移築、1923年)
山邑邸 (現 ヨドコウ迎賓館、兵庫県芦屋市、国の重要文化財、1924年)
自由学園明日館 (共同設計:遠藤新、東京都豊島区、国の重要文化財、1926年)
旧林愛作邸 (現 電通八星苑、東京都世田谷区、非公開、1917年)

ライトの作品は、空間構成がいいですよね。ジョンソンワックス社事務所棟や、落水荘は特に実物を見てみたいです。
では今日はこのへんで。「阪本工営の建築士合格日記」でした。

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2012年05月29日

菊竹清訓について、阪本工営が語る記事

「阪本工営の建築士合格日記」です。こんにちは。
今回も、阪本工営ブログでは、建築士の皆さんを紹介させていただきますね。よろしくお願いします。
今日お話するのは菊竹清訓(きくたけ きよのり、1928年4月1日 - 2011年12月26日)さん。菊竹清訓さんは、日本の建築家です。一級建築士で、工学博士でもあります。
福岡県久留米市出身で、早稲田大学理工学部建築学科卒業。1950年竹中工務店、1952年村野・森建築設計事務所を経て、1953年に菊竹清訓建築設計事務所を開設したそうですね。
1960年代後期から70年代にかけ、独自のデザイン論である『代謝建築論 か・かた・かたち』を掲げ、黒川紀章らとともに建築と都市の新陳代謝、循環更新システムによる建築の創造を図ろうとするメタボリズムを提唱されました。1995年に早稲田大学より工学博士号を取得(博士論文「軸力ドームの理論とデザイン」)。早稲田大学理工学部講師(1959年)、千葉工業大学教授(1989年)、早稲田大学理工学総合研究センター客員教授(1993年 - 1998年)を歴任。2000年にユーゴスラヴィア・ビエンナーレにて「今世紀を創った世界建築家100人」に選ばれていました。
1970年の日本万国博覧会(大阪万博)では『エキスポタワー』、1975年の沖縄国際海洋博覧会(沖縄海洋博)では『アクアポリス』を設計し、1985年の国際科学技術博覧会(つくば科学万博)ではマスタープラン作成委員としてBブロックの会場計画および外国館の設計を担当、2005年日本国際博覧会(愛知万博)では総合プロデューサーとして会場計画を担当するなど、日本国内で開催されてきた国際博覧会にも深く関わっている方です。他にも地方博覧会では、1988年のなら・シルクロード博覧会で建築プロデューサーを務めたそう。
2011年12月26日、心不全のために死去されました。83歳没。
1960年代の後半の数年間、菊竹の事務所に勤めた経験を持つ伊東豊雄は、菊竹を「恐らくこのような狂気を秘めた建築家が今後あらわれることはないだろう」と高く評価しています。

建築作品

ブリヂストン殿ヶ谷第一アパート(1957年、神奈川県横浜市)
塔状都市1958・海上都市1958(1958年、計画案)
自邸(スカイハウス)(1958年)- 日本におけるDOCOMOMO100選
島根県立博物館(1960年、島根県松江市)
一橋中学校屋内体育館(1961年、東京都千代田区、現存せず)
出雲大社庁の舎(1963年、島根県簸川郡大社町)- 日本建築学会賞作品賞、日本におけるDOCOMOMO100選
館林市庁舎(1963年、群馬県館林市)
東京オリンピック選手村食堂(1964年、東京都、現存せず)
浅川テラスハウス(1964年、神奈川県横浜市)などなど。

菊竹清訓さんの建築作品は拝見しましたが、どれも一風変わって洒落た、前衛的なデザインでいいですよね。ふっと目を引く凄さがあります。では今日はこのへんで。「阪本工営の建築士合格日記」でした。

posted by 阪本工営 at 12:31| Comment(1) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2012年05月28日

阪本工営とレンゾ・ピアノについて。


阪本工営の建築士合格日記

お早うございます!阪本工営です。
阪本工営の建築士合格日記ブログ、本日も
建築士の事など、お話していきたいと思います。

今回も、偉大な建築士の方を調べました!
今回ご紹介させていただきますのは、阪本工営がある大阪!
大阪にある誰もがご存知、関西空港を建築されたレンゾ・ピアノさんについてです!^^


レンゾ・ピアノ
(参考文献:Wikipedia)

レンゾ・ピアノ(Renzo Piano、1937年9月14日 - )はイタリアを代表する建築家。インテリアから公共建築まで幅広く手がけている。

1937年、ジェノヴァで建設業を営む家に生まれる。フィレンツェ大学への2年の在籍を経て、1964年、ミラノ工科大学卒業。フランコ・アルビーニの下で働いた後、1965年、スタジオ・ピアノ設立。1960年代後半は、オリベッティ・アンダーウッド工場の設計でルイス・I・カーンの共働した。 1970年から1977年にかけて、リチャード・ロジャースと共に建築設計事務所「ピアノ&ロジャース」を共同主宰。建築設計競技で勝ち取ったポンピドゥー・センターの設計を共同で進めた。1977年から1980年にかけては、構造家のピーター・ライスと共同でピアノ&ライス&アソシエイツを主宰した。1981年、レンゾ・ピアノ・ビルディング・ワークショップを故郷のジェノヴァに設立。

主要な作品としては、国際舞台に衝撃を与えたポンピドゥー・センター、20世紀の建築におけるエンジニアリング・構造設計の最大の成果である関西国際空港旅客ターミナルビル設計、ベルリン・ポツダム広場の再開発にあたってのダイムラー・シティのマスタープラン設計であろう。いずれも、巨大建築に求められる技術的課題に応え、国際空港の象徴性やベルリンの周囲の歴史的文脈などといったものにも配慮をしている。

彼の設計による超高層ビルがベルリン以外ではシドニー(オーロラ・プレイス)などに設計されたほか、現在ロンドンのテムズ川南岸において「シャード・ロンドン・ブリッジ(Shard London Bridge)」という87階建て高さ310mのピラミッド型超高層ビル計画が進み、2012年ごろの完成が予定されている。[1]

関西空港旅客ターミナルビル

屋根は、飛行機の翼をイメージした緩やかな円弧状のカーブを描く独特の形となっており、効率的に空調による風を館内に回すようになっている。天井内側に張られたテントは、空調の風を受け止めて流す役目と、下のライトからの照明を照り返して間接照明をする役目を果たしている。内外装はガラスが多く使われた開放感のあるものである。外観は「翼を休める鳥」を模している。



機能性とデザイン性を兼ね揃えた素晴らしい巨大建築を
いくつも成し遂げる彼の偉業は、たやすく真似できる様なものではないですね^^

posted by 阪本工営 at 16:25| Comment(1) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

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